天・人・地 ー Kunihiko Tanaka

”全体性(Wholeness)”の観点から世界の諸問題を考察する

ダライ・ラマ回想(5)

Jun. 25, 2007(『ダライ・ラマ 回想(4)』より続き)2003年9月、ダライ・ラマに対する「不信・失望感」が更に強まる出来事が起こった。ブッシュ大統領を訪問の際、こともあろうに、「旧友に御会いしたようだ。彼はチベット人へ心から関心と同情を寄せてくれている」とダライ・ラマは記者団に話したのだ。半年前、ブッシュは国連の勧告を無視し「イラク戦争」へと突き進んだ。9月の段階で、あるイラクの政治グループの調査...

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ダライ・ラマ回想(4)

Jun. 24, 2007(『ダライ・ラマ 回想(3)』より続き)だが、当然のことながら、人間の意識・体質はそう簡単には変わらないものだ。ダライ・ラマが倒れたことで、難民コミュニティーにはかなりの動揺が広がっていた。チベットから逃れてきた人々(特に中年以上)にとって、宗教(チベット仏教)は生活の中心であり、ダライ・ラマはやはり絶対的唯一無二の存在なのだ。一方、インドなど他国で生まれ西洋的な教育を受けて育った若い...

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ダライ・ラマ回想(3)

Jun. 16, 2007(『ダライ・ラマ回想(2)』より続き)翌2000年、ダライ・ラマは初めて教育機関(京都精華大学)の要請を受けての訪日を果たす(それまでの招聘元は宗教団体)。いつもと同様、ダライ・ラマの外国訪問を阻止しようと中国政府は躍起になり、招聘元に圧力をかけてきた。しかし、若い大学スタッフが果敢にこれを凌ぎことなきを得る。「環境と人間」に関する講義、シンポジウム、心身障患者との交流等、約2週間の...

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ダライ・ラマ 回想(2)

Jun. 4, 2007(『ダライ・ラマ 回想(1)』より続き)そして、12年の時を越え単独インタビューの実現。目の前のダライ・ラマは気さくなおじいさんという感じだ。うっすらと毛の生えたきれいな形の(うちの祖父を少し思い出させた)坊主頭がそう思わせるのか。無論、バリトン調のハキハキした声、時折見せる眼光の鋭さなどに“オーラ”は現れていた。私は率直に質問をぶつけた。「あなたは1988年にチベットの独立を放棄し、そ...

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