天・人・地 ー Kunihiko Tanaka

”全体性(Wholeness)”の観点から世界の諸問題を考察する

『非暴力と権力』

Oct. 26, 200710月17日、チベット難民支援の最大組織、アメリカのNGO・インターナショナル・キャンペーン・フォー・チベット(ICT)よりメールが入った。ダライ・ラマへの勲章授与関連のウェブ放送の案内だ。この度、米国議会よりダライ・ラマに勲章が授与された。平和・非暴力・人権・宗教の分野での顕著な貢献を評価してのものだという。なるほど。ワシントンは祝賀ムード一杯だ。だが待て、何かおかしくはないか? 「9.1...

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ダライ・ラマ 回想(6)

July 7, 2007 (The Star Festival: wish on a star!) (『ダライ・ラマ 回想(5)』より続き)再度言う。ダライ・ラマを「裸の王様」にしてはならない。タブーにしてはならない。仏教徒のあるべき姿勢を、ダライ・ラマは常々こう語っているー「盲信してはならない。対象を十分に吟味・検討した上で信じるか否かを判断する必要がある」これは、いわゆる「科学的アプローチ」と同意だ。その根底には冷静な批判精神がある。(以前読...

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ダライ・ラマ回想(5)

Jun. 25, 2007(『ダライ・ラマ 回想(4)』より続き)2003年9月、ダライ・ラマに対する「不信・失望感」が更に強まる出来事が起こった。ブッシュ大統領を訪問の際、こともあろうに、「旧友に御会いしたようだ。彼はチベット人へ心から関心と同情を寄せてくれている」とダライ・ラマは記者団に話したのだ。半年前、ブッシュは国連の勧告を無視し「イラク戦争」へと突き進んだ。9月の段階で、あるイラクの政治グループの調査...

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ダライ・ラマ回想(4)

Jun. 24, 2007(『ダライ・ラマ 回想(3)』より続き)だが、当然のことながら、人間の意識・体質はそう簡単には変わらないものだ。ダライ・ラマが倒れたことで、難民コミュニティーにはかなりの動揺が広がっていた。チベットから逃れてきた人々(特に中年以上)にとって、宗教(チベット仏教)は生活の中心であり、ダライ・ラマはやはり絶対的唯一無二の存在なのだ。一方、インドなど他国で生まれ西洋的な教育を受けて育った若い...

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ダライ・ラマ回想(3)

Jun. 16, 2007(『ダライ・ラマ回想(2)』より続き)翌2000年、ダライ・ラマは初めて教育機関(京都精華大学)の要請を受けての訪日を果たす(それまでの招聘元は宗教団体)。いつもと同様、ダライ・ラマの外国訪問を阻止しようと中国政府は躍起になり、招聘元に圧力をかけてきた。しかし、若い大学スタッフが果敢にこれを凌ぎことなきを得る。「環境と人間」に関する講義、シンポジウム、心身障患者との交流等、約2週間の...

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